
この記事でわかること
- 鏡を使った行動、海綿を道具に使う行動、仲間との協調狩りなどが報告されている
- 脳の左右の半球の片方だけが眠る「半球睡眠」をとる
- 野生では同種の子や他種(ネズミイルカ)への攻撃、飼育下では社会的な不安定さが関わった攻撃が報告されている
「イルカは賢い」という話はよく聞きますが、何がどう賢いのかは意外と知られていません。鏡に映った自分の体の印を調べる行動は、人や類人猿など限られた動物でしか確認されておらず、飼育下のハンドウイルカ2頭でも報告されています。一方で、同種の子や他種を攻撃する行動も報告されており、「かわいい」だけでは片付けられない複雑な動物でもあります。
イルカの知能レベル
イルカの脳は、体の大きさに対して大きいことが知られています。Marino(1998年)の研究は、歯クジラ類21種と真猿類(サルや類人猿)60種の脳化の程度を比べ、イルカ科の一部の種はヒト以外の霊長類より有意に高いと報告しました。ただし、脳の大きさは知能を測る目安の一つにすぎません。
報告されている高度な行動:
- 鏡に映った自分の体を調べる(自己認識):鏡テストで自己認識が報告された動物は、チンパンジーなどの類人猿、カササギ(カラスの仲間。5羽のうち明確な行動を示したのは2羽)、飼育下のハンドウイルカ(2頭)などに限られます
- 道具を使う:海綿(スポンジ)を採餌の道具として使う行動が、西オーストラリアのシャーク湾で報告されています。研究では、この行動はほぼ1つの母系の中で、母から娘へ社会的に受け継がれているとされています
- 仲間と協力して狩りをする:魚を群れにまとめ、順番に突っ込んで餌を取るなど、協力した狩りが記録されています(NOAA)
文化的伝達
シャーク湾の海綿の使用は、遺伝や環境では説明しにくく、母系の中で社会的に受け継がれているとして、海の哺乳類で初めての物質文化の例とされています(Krützenら、2005年)。
個体を識別する鳴き声
ハンドウイルカは、個体ごとに異なる「サイン口笛」を持ちます。その音の周波数の変化パターンに、鳴いた個体の識別情報が含まれると報告されています(Janik と Sayigh、2013年)。ほかの個体のサイン口笛をまねることもあり、その個体に呼びかける働きがあると考えられています。
NOAAは、ハンドウイルカが高い周波数の音を使うエコーロケーション(音による探知)で獲物を探すと説明しています。
意外な一面:攻撃行動
「賢くて優しい」というイメージに反し、イルカが他の個体を攻撃する行動も報告されています。
- 野生:スコットランド北東岸では、ネズミイルカの死体の多くにハンドウイルカに攻撃された痕があり、調べた幼いハンドウイルカ8頭のうち5頭の死にも、同種による攻撃が関わっていました(Patterson ら、1998年)。著者は、鯨類で初めての子殺しの証拠と考えています。攻撃の理由ははっきりしていません
- 飼育下:飼育されたミナミハンドウイルカ(Tursiops aduncus)の死亡や病気の3例で、社会的な不安定さとそこから生じた攻撃が関わった可能性が報告されています(Waples と Gales、2002年)
攻撃の原因を環境の貧困や退屈に求める説明は、ここで紹介した研究では扱われていません。
イルカの睡眠:半球睡眠
イルカは、脳の左右の半球の片方だけが眠る「半球睡眠(単一半球徐波睡眠)」をとります。片側の半球が眠っている間、もう片側は活動しています。
この睡眠様式がなぜ生じたかについては、呼吸の制御、移動の維持、感覚処理、水中での熱の損失を補う必要などが議論されています(Lyaminら、2008年)。片側の半球だけが眠る睡眠は、飛行中のオオグンカンドリなど一部の鳥類でも確認されています。
よくある誤解
「イルカは人間の友達」は過剰なイメージ
イルカが人に友好的に見える行動をとることはありますが、それが「好意」かどうかは、行動だけからは分かりません。賢くて社会的な動物であることは確かですが、「人懐っこい」という印象は、イルカにとっての行動とは別の話です。
まとめ
イルカは、鏡を使った行動、海綿を使う道具使用、母系の中で受け継がれる行動、個体を識別する鳴き声など、多面的な高い認知能力が報告されている動物です。一方で、野生や飼育下で攻撃行動も報告されており、「かわいい賢い動物」という一面的なイメージだけでは捉えきれない存在でもあります。半球睡眠のしくみなど、人間とは異なる形で進化した能力も興味深い点です。
よくある質問
Q. イルカとクジラはどう違いますか? A. Animal Diversity Webによれば、イルカ科(Delphinidae)にはシャチやゴンドウクジラも含まれます。「クジラ」と呼ばれていても、分類上はイルカ科に属する種があります。
参考資料・出典
- Reiss, D. & Marino, L. (2001)「Mirror self-recognition in the bottlenose dolphin: A case of cognitive convergence」PNAS:飼育下のハンドウイルカ2頭の鏡を使った行動。
- Prior, H. et al. (2008)「Mirror-induced behavior in the magpie」PLoS Biology:カササギの鏡テスト。
- Marino, L. (1998)「A comparison of encephalization between odontocete cetaceans and anthropoid primates」Brain, Behavior and Evolution, 51(4), 230–238:歯クジラ類と真猿類の脳化の比較。要旨で確認。
- Krützen, M. et al. (2005)「Cultural transmission of tool use in bottlenose dolphins」PNAS:シャーク湾の海綿の使用。要旨で確認。
- NOAA Fisheries「Common Bottlenose Dolphin」:協力した狩り、エコーロケーション。
- Janik, V. M. & Sayigh, L. S. (2013)「Communication in bottlenose dolphins: 50 years of signature whistle research」Journal of Comparative Physiology A:サイン口笛。要旨で確認。
- Patterson, I. A. P. et al. (1998)「Evidence for infanticide in bottlenose dolphins」Proceedings of the Royal Society B:スコットランド北東岸のネズミイルカとハンドウイルカの子の死。要旨で確認。
- Waples, K. A. & Gales, N. J. (2002)「Evaluating and minimising social stress in the care of captive bottlenose dolphins (Tursiops aduncus)」Zoo Biology:飼育下の社会的ストレス。要旨で確認。
- Lyamin, O. I. et al. (2008)「Cetacean sleep: an unusual form of mammalian sleep」Neuroscience & Biobehavioral Reviews:鯨類の半球睡眠。要旨で確認。
- Rattenborg, N. C. et al. (2016)「Evidence that birds sleep in mid-flight」Nature Communications:飛行中のオオグンカンドリの睡眠。要旨で確認。
- Animal Diversity Web「Delphinidae」:シャチなど「クジラ」と呼ばれる種を含むイルカ科。
