
この記事でわかること
- スタンフォード大学の保育園の子どもを対象にした初期の研究とその後の追跡では、幼児期に待てた時間とSATなどの得点との強い相関が報告された
- 2018年の追試(Wattsら)では、母親が大卒でない子ども552人の中心分析で、学業の相関は元の報告の約半分で、家庭背景などを統制すると約3分の2小さくなった
- 意志だけに頼らず、衝動を減らす仕組みを作る考え方は、日常の工夫のヒントになる
「マシュマロを我慢できた子は、将来成功しやすい」——この話を聞いたことがある方は多いでしょう。有名な心理学の実験ですが、その「結論」は、2018年の追試によって見直されています。
実験の内容と追試で何がわかったのかを整理した上で、今に活かせる視点を考えます。
マシュマロ実験とは
マシュマロ実験は、スタンフォード大学のキャンパス内にある保育園の子どもを対象に、心理学者ウォルター・ミシェルらが行った一連の研究です。
実験の内容はシンプルです。幼児にお菓子(マシュマロなど)を1つ与え、「今すぐ食べていいが、しばらく待てたらもう1つもらえる」と伝えて、待てる時間を測ります。のちの追跡調査では、幼児期に待てた時間が、青年期のSATの得点などと強く相関することが報告され、「自制心が将来の成功を左右する」という見方として広まりました。Wattsらの論文によると、SATや行動面の追跡では、元の子ども653人のうち連絡がついたのは185人で、サンプルは小さく、スタンフォード大学の関係者の子どもに偏っていました。
2018年の追試で何がわかったか
Wattsら(ニューヨーク大学、カリフォルニア大学アーバイン校)が2018年に発表した追試は、米国の大規模な追跡調査(NICHD Study of Early Child Care and Youth Development)のデータを使い、幼児期の待てる時間と、その後の学業・行動の結果との関連を調べました。元の実験をそのまま再現したものではなく、同じ関連を別のデータで調べる「概念的な追試」です。
分析に使えたのは918人でしたが、論文は、主な分析を、母親が大卒でない子ども552人に絞っています。このデータは米国の10か所で集められたもので、全国を代表するサンプルではありません。
追試の主な結果(Wattsらの論文の要旨と結果の該当箇所で確認):
- 母親が大卒でない子どもでは、幼児期に待てた時間が1分長いごとに、15歳時点の学業達成が約0.1標準偏差高くなる関連があった
- この相関は、元の研究で報告された値の約半分の大きさだった
- さらに、家庭の背景、幼児期の認知能力、家庭環境を統制すると、この学業の相関は約3分の2小さくなった
- 15歳時点の行動面との関連はもっと小さく、統計的に有意でないことが多かった
つまり、元の研究のような強い相関は、この追試では確認されませんでした。待つ行動と後の結果の両方に、家庭の背景などが関わっている可能性があります。ただし、この追試は相関を調べたもので、原因を特定したものではありません。結果は、母親が大卒でない子どもを中心にした分析です。
「自制心=成功」という単純な見方は、この追試では支持されなかった
これは元の研究が「嘘だった」ということではなく、別のデータで調べ直すと、関連が小さかったということです。
待つ行動は「約束が守られるか」で変わるのか:別の実験
追試は、背景が関わる可能性を示しますが、その理由までは説明しません。待つ行動に影響する要因を調べた別の研究として、Kiddら(2013年)の実験があります。
Kiddらは、3歳半〜5歳10か月の子ども28人(平均4歳半)を、実験者が約束を守る環境と守らない環境のどちらかに割り当て、そのうえでマシュマロの課題を行いました。約束が守られる環境を経験した子どものほうが、待てる時間が長くなりました。「待っても報酬が来る」と信じられるかどうかが、待つ行動に影響する可能性があります。
ただし、この実験は実験室で作った状況での結果で、家庭の環境を調べたものではありません。また、環境が変わると待てる時間が変わるという結果の範囲で、訓練で自制心が高まるといった効果を示すものでもありません。この結果から、実際の家庭環境と待てる行動の関係までは言い切れません。
よくある誤解
「待てない子は将来ダメになる」という読み方は、追試の結果と合わない
追試では、待てる時間と後の結果との関連が元の報告より小さく、統制するとさらに小さくなりました。待てる行動だけで将来を決めつけることはできません。
また、「マシュマロ実験は無意味になった」という理解も誤りです。見直されたのは、待てる時間と将来の成功を強く結びつける見方の部分です。
「自制心を育てる」という考え方は今も有効か
元の結論に疑問がついたとしても、「短期的な欲求と長期的な利益のバランスを考える」という習慣は、日常の意思決定の工夫として考えられます。
重要なのは「自制心が高い人間になれば成功できる」という話ではなく、自分にとって無理のない仕組みを作ることです。以下の工夫は、この記事の考え方で、効果を検証した研究に基づくものではありません。
家庭・職場で使える3つのステップ
大人向けの実践例です。うまくいかない場合は、金銭的・精神的な余裕が足りない可能性も考え、無理な我慢だけに頼らないでください。
- 先に「後回しにできるもの」を決める — 買い物リストを作り、リスト外は24時間ルール(翌日まで保留)を試す。高額なものはさらに期間を延ばす。
- 自動化で意志決定を減らす — 給与の一部を自動積立、定期購入の見直し日をカレンダーに固定する。意志ではなく仕組みに任せる。
- 小さな成功を記録する — 「今週は衝動買いを1回避けた」など、達成をメモする。ただし、失敗した週を責めない(環境要因もある)。
まとめ
マシュマロ実験は「待てる子は成功する」という見方で長く知られてきましたが、2018年のWattsらの追試では、母親が大卒でない子どもを中心にした分析で、学業の相関は元の報告の約半分で、家庭の背景などを統制すると約3分の2小さくなりました。それでも、短期の欲求と長期の利益を意識する習慣は生活の質を上げるヒントになります。「自制心が才能」ではなく「仕組みで補えるもの」と考えると、実践的に取り組みやすくなります。
よくある質問
Q. マシュマロ実験の追試はいつ発表されましたか? A. 2018年に、ニューヨーク大学などの研究チーム(Watts、Duncan、Quan)がPsychological Scienceに発表した論文が代表的です。918人の分析サンプルのうち、母親が大卒でない552人を中心に分析しました。
Q. 元のマシュマロ実験は「嘘」だったのですか? A. 嘘ではなく、スタンフォード大学のキャンパス内の保育園の子どもという、小さく偏ったサンプルを対象にした研究でした。その後の追試で、別の大きなデータを使って調べると、関連が小さくなりました。
Q. 自制心を高める練習は意味がありますか? A. 意味がある場合もあります。ただし「自制心を鍛えれば成功できる」と言い切れる根拠は、この記事で確認した資料にはありません。意志だけに頼らず、自動積立や買い物リストの事前作成など、環境を整える工夫は試す価値があります。効果の大きさには個人差があります。
参考資料・出典
- Watts, T. W., Duncan, G. J., Quan, H. (2018)「Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes」Psychological Science, 29(7), 1159–1177:918人のデータを使った概念的な追試。PMC掲載の著者版で、要旨・序論・方法・結果の該当箇所を確認(全文の精読ではない)。
- Kidd, C., Palmeri, H., Aslin, R. N. (2013)「Rational snacking: Young children's decision-making on the marshmallow task is moderated by beliefs about environmental reliability」Cognition, 126(1), 109–114:子ども28人の実験。PMC掲載の著者版で、要旨と参加者の節を確認。
